標記の題目で、国際法学会研究大会で報告した(2018年9月4日於札幌コンベンションセンター)。当日のレジュメ(改訂済み)を添付するとともに、以下に報告要旨を掲げる。
ICOは、その件数の飛躍的な伸びに伴い、詐欺の疑われる案件が横行する事態となったため、各国の規制当局から注視されている。禁止する国々も現れる一方で、一定の要件を備えたICOトークンを証券であるとみなし、証券関係法規の適用によって、投資者保護を図る方向性を打ち出す国々も現れている。
しかし、各国の証券関係法規がICOに対して国際的にどのような範囲で適用されるかは、現時点では不明確である。例えば、米証券取引委員会(SEC)は、昨年7月公表のThe DAOに関する調査報告書(“Report of Investigation Pursuant to Section 21(a) of the Securities Exchange Act of 1934: The DAO” Release No. 81207 (2017))において、発行体のウェブサイトが米国内の個人も含めて、一般にアクセス可能であったことを指摘しているが、それ以上具体的には、米国法が適用されると考える根拠を明らかにしていない。また、同委員会は、昨年末、ICOを行っていたPlexcorpsと呼ばれる団体およびその関係者を相手取り、ニューヨークの連邦地裁に訴えを提起した(Securities and Exchange Commission v. Plexcorps et al. District Court for the Eastern District of New York (Case 1:17-cv-07007))が、被告らは、自らがカナダを拠点としていること、そのICOトークンが米国外に所在するコンピュータから発行されたことなどを理由として、米国の連邦証券諸法の適用を争っている。
ICOの強みは、ボーダレスなネットワーク上に流通する仮想通貨やトークンを用いて、世界中から円滑に資金を調達できることにある。しかし、各国の規制の国際的な適用範囲が不明確な状態が続くと、実務に萎縮効果も生じる。そこで、本報告では、まず、既存の証券について、米国法を中心に、証券関係法規の国際的適用範囲を決める基準を検討し、インターネットの普及の影響も分析した後、ICOに対して同じ基準を当てはめる場合の解釈論を検討した。
証券関係法規の国際的適用範囲は、国際法上は規律管轄権の問題である。規律管轄権を基礎づける原理には、保護主義や普遍主義もあるが、証券関係法規はそれらの対象とはならないと考えられる。かつては米国法には属人主義の考え方も見られたが、現在では、属地主義が基本となっており、より具体的には、「行為地」、「効果発生地」、「取引地」を基準として、証券関係法規の国際的適用範囲が決定される。「効果発生地」を基準とする効果理論は、属地主義に対立する概念として捉えられることもあるが、自国内で行為や事実が生じたことを根拠として管轄権の行使を認める原理として属地主義を広く理解すると、効果理論は、属地主義の一態様であると見ることができる。「取引地」基準も、「行為地」や「効果発生地」の基準と同様、属地主義の一態様であると整理することが可能であろう。
国境を越えた証券取引は、インターネットが普及する前から、機関投資家を中心に行われていたようである。しかし、一般投資家に対する投資勧誘は、証券会社の店頭や電話によるのが普通であったので、その効果は、通常、勧誘行為がなされた国で発生したものと推察される。したがって、法の国際的適用範囲も、属地主義によって決めると言っていれば通常は十分であり、あえて「行為地」と「効果発生地」とを分けて考える必要性は大きくなかったのではないかと考えられる。ところが、インターネットの普及により、一般投資家に対する国境を越えた勧誘が容易になったため、「効果発生地」を「行為地」とは別途に観念し、効果理論を受け入れる必要性が高まったものと思われる。さらには、「効果発生地」の基準をインターネットに則して具体化する必要も生じた。というのは、電話やファクスといった従来のメディアを使って投資勧誘を行う場合には、証券の発行者や仲介業者が対象国を自ら特定することになるのに対して、インターネットを使う場合、ウェブサイト上の情報は、世界中どこからでも閲覧できるので、投資勧誘の効果が発生しているとみなされるのがどのような状況かが自明ではないからである。
インターネットの普及は、国境をまたぐ(cross-border)資金調達を容易にしたものの、法的には国境が意味を持つことに変わりはなく、証券関係法規の国際的適用範囲を画する基準として、「行為地」、「効果発生地」、および「取引地」がそれなりに機能してきた。これに対して、ブロックチェーン技術の登場は、いわば国境のない(borderless)資金調達を可能としたと言える。なぜなら、ICOにおいては、国境のないネットワーク上で流通する仮想通貨を資金として受け入れることができ、その見返りに付与されるトークンも、やはり国境のないネットワーク上で取引されるからである。とは言え、ICOの投資勧誘の方法は、従来の証券の投資勧誘をインターネットも活用しつつ行う場合と本質的に異ならない。したがって、ICOの投資勧誘に関しても「行為地」や「効果発生地」の基準が適用されるならば、それらの地の特定に、ICO特有の問題は生じないと思われる。これに対して、ICOトークンに「取引地」の基準が適用されたり、ICOトークンの相場操縦のように、不公正取引が市場に与える効果が問題となる場合において「効果発生地」の基準が適用されるならば、それらの地の特定には、ICO特有の問題が生じるように思われる。ICOトークンは、ボーダレスなネットワークにおいて取引され、グローバルな市場の一体感が強いからである。ICOトークンの発行および流通において、ポータルサイトや仮想通貨交換所が使われる場合であっても、それらの運営業者の所在地を「取引地」や「効果発生地」として観念するのが妥当かは疑問なしとしない。現段階では実務の蓄積も乏しいことから、指摘した問題についての確たる解答は用意できていないが、今後の検討に譲りたい。
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